215系その後【平塚駅疎開】

始まった215系の疎開

平塚駅進入

所用により東海道線を下っていきます。茅ヶ崎駅~平塚駅間に流れる相模川の馬入川橋りょうを渡ると直ぐに平塚駅になります。

平塚下り第一場内に差し掛かると215系がいるのが見えました。

215系を見に行く

215系が居たので途中下車で降りてみます。北側の電留1番線に留置されていました。踏切から見てみると結構遠かったです。

215系の第2編成NL-2が留置されていました。国府津辺りが満杯なのでココに疎開されていると思われます。形式写真が撮れるかと思っていましたが、駐輪場があり1号車以外は撮るのが不可能でした。

平塚駅

東海道線の列車区間で要衝となる駅で、ココで5両の付属編成を増結したり解放したりします。駅舎はLUSCA(ラスカ)という駅ビルになっています。

配線は分割併合を行う関係でかなりごちゃごちゃした配線になっています。北側に10両編成が留置できる電留線が3本、南側に付属編成が縦列で留置できる電留線が4本あります。

▲左側が付属編成用の電留線です.

電留線は日中の留置がないためガラーンとしています。

縦列で留置するため、1区、2区を分ける入換信号機が真ん中くらいにあります。手前の電留1番線と隣の電留2番線のみ縦に留置することができます。

加圧表示器も付いていて屋根上の点検もできます。

本線側を見てみると、分割併合のための停止位置があり、その箇所には足場板が設置されています。

乗降はそれほどでもないのか、券売機は2台だけという寂しさです。IC乗車券が普及しているからこれだけで足りるモノと思われます。

平塚と言えば「七夕」です。一年中飾ってあるのかはわかりません。

平塚油槽所線跡

平塚駅からは多数の専用線がでていて、2000年頃まで平塚油槽所の石油基地へ行く専用線が残っていました。その線路跡は今でも保線基地の引込線として残っています。左側の保線基地が専用線跡で、奥の方が平塚駅です。専用線は画面手前方向で東海道線をくぐり相模川沿いに進んでいました。

踏切から見た専用線跡です。奥が油槽所になります。

踏切の作りが本線の連接ブロックに比べて、専用線跡は角材を用いた昔ながらの踏切になっています。

ココは平塚駅から東京寄り最初の踏切で、踏切名称は須馬踏切です。平塚市になる前が須馬村と呼ばれ、そこのメイン通りであったため命名されたモノと思われます。
この踏切には歩行者用にチビ遮断機があります。元々は車道部分しかなかったのが、道路拡幅により歩道が設置されたので、この部分に遮断機を設けたのではないかと推測します。

そして、この踏切の横には平塚では有名な「高久製パン」(たかくせいぱん)があります。学校給食に卸しているので、横浜のカモメパンなどと同じ感じです。
ココの名物は、米粉を使い、福神漬けまで入ったカレーパンが有名ですが、早く売り切れちゃいます。今回は所用もあり先を急いでいたので中には入らず駅へ戻ります。今度来たときは何か買って帰りたいです。

先を急ぎます。