GM木造駅舎-その3-

暇を見てGM木造駅舎の屋根も塗ってみました。赤色がいいなぁっと
思いましたが、赤2号とクリーム4号ぢゃ特急カラーになるので#29
艦底色を塗ってみました。
駅舎
内部も結構作られていまして、ある程度塗り分けないとダメです。
内部
覗き込んで見える出入口付近は、ちょっと作り込まないとカッコ悪いで
す。
入口
信号扱い所の張り出し部分も少し内部が見えるようにしたいです。
扱い所
こちらは別所温泉駅で、昔はこの出っ張りの横(エアコン室外機のあ
る箇所)にポイントのテコがあり、室内には閉そく器などが置いてあり
ました。
別所温泉駅
トミックスの線路にGMのローカルホーム置いてみました。高さ的に
ちょっと低いかなぁ?っと思いますが・・・
ホーム高さ
実物も嵩上げ前はこんな感じですねぇ。バリアフリーなんて言葉の
無い時代。年輩の方々は「よっこらせっ」のかけ声で乗り降りしていた
のを覚えています。
実物高さ
ホーム部分の屋根もキットだと瓦屋根でちょっとしつこいので、駅舎
との取り合い部分は加工したいと思います。
屋根

相模線の写真を探して

先日キハ30の塗装変更した際、昔の相模線を写したネガを探しまし
たが、かなり痛んでいるものばかりでした。あんまり、お見せできる代
物ではありませんが、そのうち程度のいいやつだけを。
この写真は茅ヶ崎駅1番線です。
キハ
今がどうなってるか気になり先日、ちょっくら相模線へ乗りに行ってき
ました。現在の茅ヶ崎駅1番線に立つと停止位置などが変わり、ホー
ム端部に柵も出来てしまい上の写真と同じ位置に立とうとすると、コ
ンデジでは画角に入りきりません。
205
茅ヶ崎駅から1つ目の北茅ヶ崎駅は秩父セメントの工場や付近の工
場へ、多数の引き込み線がありましたが今は、当時の上り1番線のポ
イントが若干残っているだけです。
北茅ヶ崎1
電気鎖錠器付き転轍テコが残っているのを見ると、連動装置の改修
が必要となるためポイントもそのままにしている感じです。
北茅ヶ崎2
2駅つ進んでかつての寒川支線との分岐駅だった寒川駅の駅名標で
す。おそらくキハ35系の中からの撮影です。
駅名は香川駅と反対側は寒川支線のため2段書きになっていますが、
ピントが悪く全く読めません。
駅名
現在はJR東日本のシンプルな駅名標です。
寒川駅名標
現在の寒川駅は下り1番線であった部分のポイントが残されています。
右側へ分岐する線が当時の副本線跡。
寒川ポイント
一番右側の草むした部分に見える線路は、上の写真にある右側の線
路と繋がっていて現在は使用されていない感じです。
寒川
更に数駅進みその昔は小野田セメントのホキ3100やホキ5700な
どが出入りしていた厚木駅。
下の写真で右奥側が相鉄の側線で、写真中央部分は相模線本線の
交換設備となっていて、ホーム部分では交換が出来ません。セメント
工場は今は写真奥のマンション群になってます。
海老名車庫
海老名駅の茅ヶ崎よりに安全側線がありますが、かつてはここで途
切れずこの先相模川まで砂利採取用の側線として延びてました。
海老名安側
左は以前使用されていたホームで、右は新設された現在使用中のホ
ームです。
厚木現状
数年前の厚木駅ですが、今のホーム部分はかつての側線があった部
分に設されています。上の写真の旧ホームが現役の時です。
側線
構内踏切を渡って旧ホームへ向かっていました。
構内踏切
つまり、構内踏切を渡る手間と、手動制御の踏切のため安全面での
対応でホームが移設されました。
駅員さんがいちいち出てきて閉めていたわけです。
踏切
旧ホームからは相鉄の留置線がよく見えました。
相鉄側線
さらに進み相武台駅です。構内の側線はまだ何本か残っていますが、
以前はこの側線にぎっしり「ク5000」が留置されていました。その時
のネガが見当たりません(-_-;
相武台下
各駅で側線が色々出ていた当時の相模線をじっくり撮ってみたかった
です。昔は~、等と言わず今も記録しておかないとダメなんですよね。
205並び
205回送

再びJAMへ

一昨日の日曜日再びJAMへ行ってきました。途中、大崎駅でzuppeさ
つかささんと待ち合わせて会場へ。
初日は混んでいて、じっくり見られなかったトミーテックの鉄コレブース
へ。閉場間際のたたき売りセール時間中だったのでブースの前はガラ
空きでじっくり見られました。
次回の鉄コレではヘッポコ的に一番ピンポイントな上田。
上田
走るバスコレも発売が待ち遠しいです。
バスコレ
201系は量産タイプは現代仕様だったのですね。試作の方がいいなぁ。
試作
会場ではヤマシタさんと合流しゆりかもめで、池袋の勉強会場へ!
たろうさんも合流し、zuppeさんのウエザリングバージョントミーEF64
を肴に暑気払いとなりました。
64
ウエザリングいいなぁ・・・