水戸へ【前編】

先日所用があり16年ぶりに水戸まで行ってきました。当時は651系が主力でしたが、現在はE657系のみとなっています。

隣のホームには小豆カラーのE531系が出発を待っていました。

朝ごはんを食べていないので駅弁を、っと思いましたが構内のお店はまだ開いておらず、途中下車してお店を探しましたが新幹線改札内でしか駅弁が販売されていませんでした。残念ながらNewDaysでおにぎりを買います。

7時15分発の「ときわ51号」で水戸駅まで乗車します。51号って臨時な感じがしますが、このあとも55号59号と続くので「ときわ」号に50番台が割り当てられているようで、53号が欠番なので臨時扱いと思われます。

G車でっと思っていたのにG車は窓側が満席だったためコチラも残念ながらハザにしました。パンタのある8号車を指定しましたが、交直切替区間でABBの「ドカンッ」って音はしなくなり、室内灯も消えないのでつまらないです。

普通車もかなりの混雑で品川駅を出るときはそうでもありませんでしたが、通路側も含めて予約済みの黄色ランプが多いです。

東京駅もさほどではありませんでしたが、上野駅でガッツリ混雑してきました。この時点で黄色ランプのところは更に柏駅から乗客が乗車してきました。ヘッポコ工場長の隣は幸い誰も来ませんでしたが、利用者はほぼビジネス客がほとんどで見知った顔もあるのか、通路を歩きざまに「おうっ!」ッと言い手を挙げている乗客をチラホラ見かけました。

とりあえず、朝食にコンビニのおにぎりを食べます。

三河島駅を過ぎ例の安全側線です。

砂利盛り部分をよーく見るとレールは砂利盛の手前で切れており、砂利盛りの中に続くレールはただ置いてあるだけな感じです。レール断面も本線レールは40Nくらいで砂利盛のレールは37kくらいでしょうか。砂利盛り内のレールは事故当時のレールではないとは思います。

友部駅まで来て若干下車客が出てきました。

今回の移動はこんな感じです。

ジェイアールバス関東の車庫が見えてくると水戸までの中間点である土浦駅はすぐです。

約1時間半で水戸駅に到着しました。ココでかなりの乗客が下車します。

1分停車でときわ号は終着の高萩駅へ向けて出発していきました。

乗客の動向を見ていると、接続する常磐線下り普通列車広野行きと、向こう側のホームにいる水郡線に乗り換える乗客はまばらでした。下り普通列車はワンマン運転で、なんか世知辛く感じます。

改札を出ると「ときわ」から下車した乗客はすでにはけていて、改札は閑散とした感じは否めません。

今回は100キロ超の移動ですので、紙の乗車券を発券して途中下車できるようにしましたが、無効印は残念ながら品川駅の下車印の上に押されてしまいました。

駅ビルが直結した近代的な駅です。

駅前のペデストリアンデッキ上には水戸黄門の銅像がありましが、実際の水戸光圀は関東から出たことがなかったというのは有名な話です。鎌倉は大好きだったようですが馬で訪れていたようで、諸国漫遊については原作はあるものの、ナショナルが販促強化地域を指定してそこを舞台に、特に温泉地があれば由美かおるさんが必ず入湯している状況で台本が完成していたそうです。

ペデストリアンデッキを降りて道路階のバスターミナルへ行ってみると、茨城交通、関東バスの車両がターミナルを埋め尽くしています。

朝イチは曇っていましたが、所用を済ませて近くにある偕楽園の常盤神社に寄ってみました。

お賽銭箱には葵の紋が取り付けられています。このお土産品が欲しい感じでしたが、時間帯がまだ早かったためお店は開いていませんでした。

地元のお酒が献上された菰樽が飾られていました。

右上の副将軍というお酒飲んでみたいです。

神社の真ん前には偕楽園臨時駅があります。

-後編へつづく-

2024夏休み 甲州~関西へ【その6】

「サンダーバード28号」で大阪を目指します。左奥には更に20分後に出発する「しらさぎ12号」名古屋行きが止まっています。

パッと見、500系新幹線に見えなくもないです。

北陸新幹線と違い在来線の次駅部分は、逆に今庄方の駅名表が消えてしまいました。北陸新幹線開業により、北陸本線部分だった箇所が第三セクターのハピラインふくい線になってしまったためです。

線路を見てみるとココからでは見えませんが、この先は引上線があり車止めが設置されてしまっています。

出発信号機はなく入換信号機と列停が建植されています。

前回、新幹線の車止め部分の写真を載せ忘れましたが終端部分はこのようになっています。左に分岐した線路は車両基地へ向かいます。この先、小浜方面への工事が始まるまではこのままの状態が続きます。画面右側の11番線からは車両基地へは行けず、車止めが設置されていますが、将来的には副本線を構成するので上り線に分岐器が挿入されるでしょう。

サンダーバードの車内へ乗り込むとまだ誰も乗車していませんでした。

空いているのはわかっていましたが、2列席側は西日が当たるため1人席を予約しました。

今回もG車での予約です。えきねっとで購入できるのは便利ですが、発券箇所に制限があるため、予め甲府駅で発券しておきました。

大きな売店もあったため駅弁を無事に手に入れることができました。「福井御膳 竜のめぐみ」なるお弁当です。

いくらとカニが入ったゴハンです。

おかずもしっかりと入っていておいしかったです。

敦賀駅を出発すると新幹線の車両基地などが見え、この後ループ線を上り一気に標高が上がっていきます。

トンネルが続く山間部を抜けると遠くに琵琶湖が見えてきました。

今回の乗車券はこの1周乗車券ですが、湖西・東海の手書部分があるように山科駅までしか有効でないため山科駅から新大阪駅までは別に乗車券を購入しての乗車になります。

コチラも事前に甲府駅で購入しておきました。1周乗車券は7日間有効ですが、予定がはっきりしていないのと、おそらく1週間以内には帰宅するであろうと思い、普通乗車券はあと発券としました。日数が足りなければこの部分は連続乗車券で発行してもらい、有効期限を延ばす算段でしたが、発券も大変で時間もかかるため今回は特にリクエストしませんでした。

今回の移動はこのようになります。

地図:©OpenStreetMap

吹田総合車両所が見えてくるとほどなく新大阪駅です。221系のど真ん中に電化柱が来てしまいました。

新大阪駅に到着です。JR西日本の車掌さん皆さん制帽を着用していませんが、熱中症対策でしょうか。防止被る意外と暑いですからね。

今日の宿は御堂筋線本町駅近くのため敢えて新大阪駅で下車しました。大阪駅まで行くと梅田地下街の混雑や、御堂筋線が座れないための策です。新大阪駅を出る御堂筋線は余裕で座れますが、梅田駅を出発すると混雑が激しいです。スーツケース持っていますが、混雑する車内ではとても申し訳ないです。いつも横にすべきか股に挟んで建てにすべきか考えてしまいます。

本町駅で下車し夕刻、常宿のコートヤードマリオット大阪・本町に到着しました。

-つづく-

2024夏休み 甲州~関西へ【その3】

翌朝、起床すると曇り空でしたが、盆地特有の曇り空で8時頃から雲が取れてきました。

朝食無料とのことで、フロント裏のラウンジへ向かいます。

時間帯もあるのでしょうが、かなり空いていてゆったりと食事が摂れました。

壁コンセントにUSB-Cがあるのはなかなかです。ビジネス客が多いと思われます。

朝食は嬉しい和食でした。ゴハンや卵はお代わり自由で、そのほかに玉子料理のリクエストもできます。

朝食後、ちょっと横になりチェックアウトします。

今回の乗車券は1周乗車券で、この後は大阪まで行く予定です。糸魚川へ抜けるため、一日に1本だけある南小谷行きのあずさ号に乗車します。

ホテルを出て3分ほどで甲府駅に到着します。

乗車するのは、あずさ5号南小谷行きです。南小谷駅で大糸線との接続は9分程ですが、既に5分遅延して運転しているようで、改札口を外に出る時間はなさそうです。

5分延でやってきました。

今回もえきねっとで予約したG車に乗車します。

コレは信濃大町駅を出てから撮影しましたが、殆どの乗客は松本駅で下車しました。

夏の景色を堪能で、小淵沢駅を過ぎるととにかく景色がきれいでした。

松本駅まではG車もそこそこの乗車率です。上諏訪駅では前後にいたビジネスマンが下車していきました。諏訪市にはセイコーエプソンなどの大企業があるせいか、ビジネス利用がそこそこあるように感じました。

南松本駅ではタンク車も堪能。

EF64-1000も見られました。

12両編成で運転していたあずさ5号は、松本駅で後ろ3両を切り離し9両編成で大糸線内を走行します。大糸線内に入ると標高が高いせいか若干雲が多くなってきました。E127系100番台を見たのは初めてなような気もします。

曇り気味になってきました。車掌さんの案内放送で「進行方向左側に湖が3つ見えてきます」とのことで、誰も乗車していないので車内を行ったり来たりしていました。木崎湖、青木湖などがあり青木湖は大好きな横溝正史の「犬神家の一族」の足が逆さまに立っているアレの撮影地です。手前にはすでにすすきがなびいています。

青木湖付近が分水嶺となり、少し進んだ姫川は日本海に注ぐ川となりますが水がとてもきれいです。

そうこうしているうちに1分短縮の4分延で南小谷駅に到着しました。乗り換え時間は5分しかありません。

しかもG車は9両編成のうち前から4両目で、乗り換え階段は最後部にしかありません。スーツケースも持ち歩いているため、駅舎を出ての撮影は諦めて乗り換えに専念します。

乗り換え客がどのくらいいたかわかりませんが、1両編成に乗り換えます。

キハ52の頃に乗車しようと思っていましたが、夢か敵わずそれから15年後ようやく大糸線完乗となります。

-つづく-