今日はこどもの日。観光地を持たない東急は、こどもの国への多客輸送は数少ない波動輸送のひとつです。普段は専用編成が2両でのんびり走っていますが、多客期になると有効長目一杯の編成を入線させてがんばっています。以前は5両編成で現在は4両編成が目一杯になっていますが、波動輸送で長編成を入線させるのは当時から変わりません。
こどもの国線は全線単線で、途中の恩田駅に列車行き違いの交換設備がありますが、通勤線化以前だと恩田駅はまだ開業されておらず、こどもの国駅までほぼ棒線扱いでした。同じ列車が1本の線路上を行ったり来たりで運転間隔は詰め詰めで15分が限界でした。

波動輸送時は大井町線の20m車5両編成と18m5両編成が駆り出されましたが、18m車だと若干輸送力が落ちる気もします。

通勤線化前は途中にある信号場扱いの長津田工場でも列車の行き違い交換できる線路配線ではありましたが、下り側に出発信号機がなかったため取り込むことはできても行き違いの交換はできませんでした。仮に待避させても本線へ戻すには入換でバックさせる必要があり、手間がかかるため実現はしませんでした。京急は大昔、黄金町駅で無理やりこの方法で待避をやっていたりしました。
長津田駅出発信号機には進路予告機が付属していて、コレは工場のある東1番線と特修場の西1番線にも直接入線で来ていたからです。現在も工場のある東1番線へは直接入線することができますが、西側には直接入ることはできなくなりました。

当時の配線図です。東1番線に入線してもこどもの国駅側に出発信号機がないためスルーする事ができませんでした。

現在も同じ位置に出発進路と進路予告機のようなものが設置されています。ATC区間なので進路予告機の制定はありませんが、恩田駅が開業したことにより似たようなものを設置し、着線を予告して工場の入出場車などとデッドロックなどが起きないようにしていると思われます。

コチラは昨年の様子ですが、普段は2両編成のうし電車とひつじ電車を連結させて、4両編成で運転を開始しました。子供たちを沢山乗せて楽しい思い出作りの一コマになっていると思います。
