目黒線武蔵小杉1号踏切道廃止【その2】

6月末に廃止となった武蔵小杉1号踏切道がその後どうなったか見に行ってきました。踏切は養生枠で封鎖され、取り付け道路は鋤取されてトンネルの躯体天端が見えていました。差し筋が施行されているのでこの後防音壁などが設置されるようです。

踏切警報機の基礎は結構深く施行されていました。下がコンクリート躯体なので、間詰にコンクリートを打ってそこまで掘り下げた可能性もあります。

歩行者が踏切の反対側へ行くには地下道を通るかこのエレベータを利用することになります。

上から東横線、目黒線、市道の三重立体です。

命名された木月トンネルはこの場所の町名から命名されています。トンネル名称板も立派なものが取り付けられています。

トンネル内を歩くと工事施行中の写真が展示されていました。左の写真は鉄道工事と同時施工された状況です。上を目黒線の線路があり、前後の道路取り付け区間はまだ地山を背負ったままです。

地下道を通り海側に回ってみます。コチラはまだ近くまで行ける状況でした。同じように養生枠で中へ入れないようになっています。

擦りつけ区間の高低差はそのままですがコチラもいずれ鋤取られるのでしょう。

踏切警報機は使用停止を意味する黒ビニールをかけれていますが、一般の人から見たらゴミ袋で覆われているくらいにしか見えません。

障検類にもビニールがかけられていました。車両停止標識は10両編成の入換区間の終端を示すものです。

終点方です。ポイントの騒音軽減のため防音壁で覆われており、異様な雰囲気が漂っています。元住吉の地上では10両編成が山側車庫から下り出庫する際、出庫線の有効長が足りないためこのポイントを超えてスイッチバックしてから下り方向へ行く特殊な運用を行っています。

防音壁で覆われ沿線環境に配慮された場所ですが、出庫線が全く見えないためマニアにはちょっと残念な感じです。

江の島八坂神社例祭【前編】

江ノ電の道路併用区間を御神輿が通る、江の島にある八坂神社のお祭りを見に行ってきました。江ノ電利用だと混雑し時間もかかるため、大船駅から湘南モノレールで江ノ電を目指します。

大船駅から乗車する際座席は埋まってますが、意外と地元の人が多いため、2、3駅ですぐ座席が空きます。優先席が空いていたのでコチラに着席します。向かいの少年たちはゲームに夢中で、座る際足がぶつかったので謝りましたが、全く持ってゲームに夢中です。

次の駅で少年たちは下車して直ぐに進行方向に座れ、終点が近づく頃には車内はかなり空いてきました。遠方信号機の向こうに海が見えます。

終点の湘南江の島駅に到着しました。改札が混雑するのでサッサと抜けて、駅ビルから下を見ると道路は裏道も含め既に大渋滞しています。右の道路はまっすぐ行くと江ノ電併用区間を抜けて、小動(こゆるぎ)交差点から国道134号線で鎌倉方面に行けますが、今日は通行止めため片瀬東浜の狭い交差点に出されてしまうため大渋滞です。左の裏道は、江ノ電併用区間の手前で右の道に合流する裏道です。

併用区間の末端である瀧口寺前までやってくると御神輿が見えたため、少し待つと江ノ電がやってきました。御神輿は14時まで昼休中です。

鎌倉方に355が連結された編成も走っていましたが、2両編成も走っていてコチラに当たると地獄ですね。

併用区間は車両通行止めとなっていて、自転車も降りるように注意されていました。

山車があったりお祭りムード満点です。

コチラの御神輿は氏神様である小動神社の御神輿です。江の島にある江島神社の末社である八坂神社の御神輿をここでお迎えして、2基で併用区間を練り歩き小動神社を目指します。御神輿越しに江ノ電の遠方信号機が見えます。

周りの方々は電車がいつくるか気にしていましたが、ヘッポコ工場長は遠方信号機の現示で接近を感知していましたw
っと言っても直線に近いので、腰越駅に列車が到着するのが目視でも確認できました。湘南モノレールの遠方信号機は3位式のため4現示でしたが、江ノ電は2位式のため2現示です。

14時過ぎになると、江の島から海を渡って八坂神社の御神輿の一行がやってきました。地元の方々は海を渡ってきた労を労い拍手でお迎えです。天狗の猿田彦大神もやってきました。

そして一行の中には賽銭箱の部隊がおり、皆さま御賽銭をあげています。

お賽銭を入れると榊の様なものと麦をくれます。麦はそのままムシャムシャと食べられます。榊ではありませんが神様からの返礼品として、神棚や玄関先など神聖な場所に一年間お祀りします。

八坂神社の御神輿がやってくるとクライマックスになります。

丁度、列車が接近し目の前でしばらく御神輿が止まっていたので御利益がある気がするします。

−つづく−

目黒線武蔵小杉1号踏切道廃止

3週間ほど前に、角地一戸建てを購入したT君より『武蔵小杉1号踏切道が廃止になります』」と連絡を受け、6月27日廃止前日に記録しに行ってきました。
武蔵小杉1号踏切道は目黒線の武蔵小杉~元住吉間にあり、場所的には元住吉駅至近になります。以前は東横線の踏切でしたが、東横線は高架になってしまったため目黒線と入出庫の東横線が走行しています。

ココの踏切警報機に列車を撮影する撮り鉄がよじ登り有名になったことがあります。アレ以降東急は厳しくなった感じがします。上り武蔵小杉方面に向かう急行西高島平行きが通過中です。

武蔵小杉まで一直線で勾配を上がると武蔵小杉駅です。

コチラ下り方向です。

コチラも勾配を上がると元住吉駅で、分岐する線路は車庫へ行く線路です。東横線の元住吉駅は待避線があるため、場内進路、出発進路が設置されていますが、目黒線においてはココに連動装置がある関係で、上り線は出発進路のみ、下り線は場内進路のみの変則設定になっています。強いて言えば元住吉車庫信号所とでもいうのでしょうか。ダイヤ上にその記載はありません。

なぜ踏切が廃止なのかというと道路低下による立体交差化で、数少ない東急の踏切としては長時間遮断の分類に入る踏切です。道路部分については先行して3月末に供用を開始しています。この道路は刈宿小田中線という道路で、綱島街道から川崎市中央部や港北方面への抜け道としても使われているため朝はかなり渋滞が激しくなります。

コチラは、上の写真の25年前です。狭苦しい道路で歩行者は恐る恐る道路を歩いていました。都市計画決定された道路は幅員が広がるため両サイドの家は買収されてしまいました。ちなみに、画面右に緑色の看板がありますが、不動産屋さんの看板で、だいたい都市計画道路の買収ラインにお店構えますよねww
ハイエースをはじめ踏切を待つクルマも懐かしいです。

トンネルは木月トンネルと命名されました。トンネル自体は東横線高架化工事の際、同時期に掘削構築され15年ほど地中に埋まったままでした。春日三球・照代の漫才ではありませんが、先にトンネルを掘って埋めてあり、後でトンネルが「あったあった」と叫んだかは知りません。漫才では地下鉄ですがね。

踏切は6月27日の最終列車後に廃止となりましたが、実質はこの撮影した27日が最終日でしょうか。奇しくも東急株式会社株主総会の帰りでした。

次回は閉鎖された踏切と25年前の写真を対ししてレポートしたいと思います。