わくわく研究所inYOKOHAMA

横浜の新羽駅近くにアネスト岩田という会社があります。ココはスプレーガンやエアブラシでは日本のシェア70%、世界でも3割のシェアを占める世界トップクラスの会社です。模型でも、クレオスがOEM先としてアネスト岩田製のエアブラシを使用しており、モデラーとしては放っておけない会社です。

そんなアネスト岩田が、先日初めて家族と地元向けに工場公開を行い、従業員の方からお誘いを受けて工場見学に行ってきました。

こういう工場、うたい文句通りある意味ワクワクします。工場というと、トタンやスレート張りの工場を思い浮かべますが、さすが世界トップクラスの工場で、建物はリニューアルされていました。

古いタイプの建物もありダクトの吹き出し口なんかを観察します。

コチラも比較的新しい建物です。丸い屋根だと模型での再現は難しそうです。

油倉庫も観察。ポンプは何に使うんでしょうか?クルマがぶつからないように、建物右側にガードレールが巻かれています。

消火栓は白いタイプのものが多く、消火器は大型のものが設置さています。

工場内は撮影可能な場所もあり、エントランスショールーム部分はSNSへの投稿もOKです。コチラは世界のレーシングチームとライセンス契約を交わしたもので、そこのチームカラーなどをガン部分に施したものです。クルマ用なのでカップがドデカイです。

インゴットからスプレーガンの整形過程などの展示もあります。

コチラはコンプレッサーの展示です。レシプロやスクリュー式など部材ごとにバラして展示してあり、スクリューコンプの原理なども模型でわかりやすく展示されていました。

そのほか、エアブラシで遊ぶコーナーやペットボトルロケットを自分で作り飛ばすコーナーなど、普通の工場見学では味わえない楽しさでした。

社員食堂やキッチンカーで食事もでき、とても楽しいひとときでした。今回は所用の合間に行ったため駆け足でしたが、来年またあったら行きたいです。

ニャジラは、ココ数日寒くなってきたため、就寝時は布団を占領しなくなった代わりに、布団の中に入って一緒に寝ています。必ずヘッポコ工場長の腕に前足を乗せて枕代わりにしています。先日はパジャマの中にまで入ってきまして、チクチクして寝られませんでした。ネコの毛って意外と固いです。

道路拡幅中

ヘッポコ工場長の家からほど近い場所で、何カ所か道路拡幅工事をしている路線があります。そのうちの一つで最近進捗が見られたので観察に行って来ました。
部分的に舗装が終わり、左側には歩道部分の縁石と街渠のエプロンが打設されています。

路盤の成形と表層舗装が終わっている箇所を見ると、最初基層舗装かと思いましたが、右側に街渠が完成しているため、この舗装高さが完成形のようです。

路盤成形の箇所では地層が見えている箇所もあります。左側の茶色い部分は表土の関東ローム層でしょうか?右側の白~グレーの箇所は、ユンボのツメ痕が縦に残る位固い岩盤です。実際は砂層の一種で崩れ始めるともろい層です。この辺りは掘ると直ぐ岩盤がでてくるため、関東大震災でもさほど被害が無かったと言われています。

部分的に完成形の工事をして未買収地に迫っています。以前、公共工事での用地買収担当の方と話ししたことがありますが、バブル期の頃、買収に中々応じてもらえないとき、心理的圧力をかけるために未買収地の前後だけ先に構造物作って煽ったことがあったそうです。特に道路や鉄道の高架橋をその前後だけ作るのは圧迫感があり、心理的に追い詰めやすいかもしれません。

とは言っても、都市計画決定されてしまえば、交渉に応じなくても土地収用法に基づいてやがて収用されてしまいます。土地の買収は非課税になるので買収額を満額もらえますが、非課税による買収は1年に1度だけ。同じ地主さんが何カ所も絡むときはそれが理由で拒まれるときもあり、12月と1月に買収すると3月頃一気に工事が始まり「予算消化だぁ」なんて騒ぐ素人もいますが、大人の事情としてはこういうのもあるんです。 そもそも、修繕費と都市計画事業費は年度目標があるものの別物ですし。
土地収用法の適用を強制大執行なんて思って居る地権者もいたりしますが、行政代執行です。 あくまで一時的に仮移転して話し合いをするものですが、色々と書き始めると長くなるので今回はこの辺で。

スポンサーリンク

30年前にもあった自由が丘駅の渡り線

東横線自由が丘~田園調布間にある非常渡り線は、不通区間があるとき自由が丘駅で列車が折り返すための設備です。
この渡り線、いまから30年前にもほぼ同じ場所に存在していました。

田園調布駅の地下化工事が始まった頃の今から30年前、ほぼ同じ位置に片渡り線が存在していました。
現在の渡り線は自由が丘駅に帰属していますが、この写真の渡り線は田園調布駅に帰属していました。これは当時の田園調布駅が折り返し設備を備えていましたが、地下化工事により荷物ホーム付近のポイントが撤去されたため、非常渡り線としてこの場所に移設されました。

その後工事が進むと、旧目蒲線との連絡線としての使命を果たすようになってきました。上の写真で更に右に分岐している線路が目蒲線への連絡線です。信号機にも「目蒲」と書かれています。

元々東横線と目蒲線の接続駅であった田園調布駅ですが、一時だけ接続線が無くなってしまっていました。車両を長津田工場へ回送するのに必要な連絡線が出来るまでは、工場へ列車を持って行くことが出来ず担当者はヒヤヒヤしたと思います。

スポンサーリンク