横浜市出初式【後編】

出初式後編です。ご覧の通り人通りが途切れることがほとんどないため、ココで撮影するのは諦めました。

丁度、ヘリによる水難救助の演目が始まっていました。実演会場はかなりの混雑で行くのが面倒なので遠いところからヘリを観察します。

なんか映画のシーンみたいになりました。

横須賀基地から来たというアメリカ海軍所属の消防車です。コチラも大人気で人が途切れることはありませんでした。

スマホの動画中にシャッターをおしたものです。帰るときはアメリカンなど派手なサイレンらしながら出てきましたが、公道に出た途端しっかりとサイレンは切りました。

ラバーポール邪魔ですが何とか撮れました。

色々なステッカー類がかっこいいです。

ピアーズ社製の消防車でピアーズのロゴがバルブ類に印刷されていました。星条旗はとてもいいですよね。日本で日の丸をこういうところに貼ると・・・

英語と日本語の標記両方あります。

駐車場にはランクルプラドのアメリカンもいました。

終わりが近づくと消防署の幹部クラスと思われる人が乗車し、一足先に出ていきました。

日本車に戻りコチラは救急車ですが、隊名表示が「WS2」となっていて初めて見ました。ワークステーション2号車の略で、普段は市民病院に併設されているワークステーションというところに所属しているそうです。

車体後部には横浜保健所と書かれており、コロナなど特定伝染病などが発生した時に保健所からの依頼で出動するそうです。

自衛隊の高機動車も大人気で、帰路に撮ることができました。

ここだけ見ると何が起きたのか?っとなりそうです。

コチラは第一機動隊のウニモグです。コレも大人気でした。幌もきれいだったので昨年の導入車だったのでしょうか?

出初式ですが、はたらくくるま大集合みたいな箇所がありコチラはレッカー車が集まっていました。ペーパークラフトなどが配布されていました。

バスなども牽引できる大型レッカーです。

コチラも帰りに撮れました。

小型のレッカーもいました。

同じ個所にパッカー車もいましたがコチラの人気はちょっとイマイチでした🤣

コチラは展示されていたかはわかりませんが、ハリアー?の横浜市の緊急自動車のようです。

展示車ではありませんが、たまたま会場前を通った検診車です。なんかとても古そうです。

1時間くらいで狙いの車両が撤退したので帰ることにします。汽車道を歩いて桜木町駅へ向かっていると神奈川県警の警備艇が運河を巡回していました。

色々見られて楽しい一日でした。

―おわりー

横浜市出初式【前編】

1月最初の休日は各地で出初式が行われ、今年もその時期がやってきました。今まで消防団の出初式などは見てきましたが、今年は横浜市消防局の出初式へ行ってきました。

到着するとものすごい混雑です。

消防車が沢山みられるため子供連れが多く、広大なベビーカー置き場があるのが驚きました。

広場には震災救助車の展示があり、復旧工具なども置かれていました。震災救助車にはエアジャッキや、カッターなど倒壊建物から救助者を救出するための道具が積まれています。隣にある能見台と書かれた車両も能見台の震災救助車です。

コチラは消防団のポンプ車です。消防団の車両は一回り小さいです。

ホースや可搬型ポンプなどが積載されています。

メイン会場では放水に備えたポンプ車が待機していました。

篠原のポンプ車にはJRAからの寄贈であるロゴがありました。私もこのポンプ車に出資したことになります。

駐車場の方へ回ると無線中継車がいました。以前、消防フェアの時に内部を見学させてもらったことがあります。

ひと際人気があったのはドラマ「TOKYO MER〜走る緊急救命室〜」のERカーです。鈴木亮平のポスターが車両の前に置かれていました。

人があまり途切れないので、撤収時に出待ちして撮りました。実際の緊急車両ではないため、公道走行をする際は前面の回転灯にはカバーが施されていました。

人気があったのははしご車で、子供さんがキャッキャ言いながら上がっていきました。

コチラも全景が撮れないのと人が多いため、出待ちで撮りました。磯子消防署のはしご車でした。

特別高度工作車も大人気です。滅多に見られない車両で、なんと言っても後方に積載された大型ファンが人目を引きます。

コチラも出待ちです。ウチからそれほど遠くない場所に消防学校があり、そこへ向かうため国道1号線でこの車両をよく見かけますが、見た目はとてもインパクトあります。

この大型ファンが人目を引きます。

煙霧や有毒ガスを排除するためのファンですが、大規模災害発生時にも出動します。

長時間出動に備えた燃料輸送車もいました。

会場で演目があったかはわかりませんが、会場外に機動救助工作車の編成がいました。

機動第2救助工作車で高度な救助事案発生時に駆け付けます。

コチラは機動第1救助工作車で後方には牽引用のウインチクレーンが装備されており、災害時の救助事案に対応できます。

総合支援車で指揮隊車のようなものです。

川で溺れた人がいた事案の時に救助工作車が出動していました。

-つづく-

東急 暮らしと街の文化【後編】

普段は宮崎台の博物館に展示されている模型ですが、ガラスケースではなく近くで見られるのがいいです。開通当日の目黒駅の模型です。

駅舎は本社を兼ねた建物で、駅前では開通を祝う万国旗でにぎわっています。

コチラは地上蒲田駅の模型で、旧目蒲線と池上線が単線並列に改良されたころの様子です。それ以前は旧目蒲線と池上線は直角に駅が設置されていました。

戦後のバラック駅舎と揶揄されていた頃です。

模型のほかに記念乗車券や資料類の展示もあります。懐かしい記念乗車券がありました。コレをみると頭の中にゴダイゴのビューティフルネームがかかります。国際児童年でNHKで毎朝流れていた記憶があります。

このシール、我が家では先日引っ越しの際に大量に出てきました。自由が丘駅の定期売り場で購入した記憶があります。当時の定期売り場は今エトモ側の改札口がある場所に設置されていました。

駅員さんセットもあります。

コチラも博物館にある高津駅のセットにあるヤツでしょうか。

つくし野、すずかけ台がないため長津田延伸直後の頃でしょうか。

コチラは沿線案内の展示が多数ですが、昭和初期の市が尾付近のハイキングのパンフレットです。ハイキングというより藪の中を歩く感じです。

貴重な内部資料でしょうか。新玉川線の線形が描かれ、中は試運転ダイヤが書かれているようです。

新玉川線の建設図面もありました。コレをみると時間のかかるシールド区間は2期工事からスタートしたのがわかります。

駅名はすべて仮称で、「大橋池尻」と今と逆です。

バス関連のものも展示されていました。

この先は貴重な動画などが流れている撮影禁止エリアとなり、撮影はココまでです。腹も減ったので館内のレストランで食事しようと思いましたが、コース料理のある本格的レストランや、ランチでも目ん玉飛び出る価格なので、美術館向い側にある世田谷市場の食堂で食事することにします。

マルシェという食堂で、入口にも市場関係者出ない人も大歓迎と書かれています。

決して安いわけではありませんが、世田谷の真ん中ではリーズナボーです。

昼どきを過ぎていたので、市場関係者が数人いるだけでした。

時間が遅かったので小鉢類は少ししかありませんでしたが、自分定食を作ることもできます。

厚い切り身のお刺身もありました。

アルコールもあります。

お刺身に、盛り合わせ定食、ビールは334mlの小瓶ですが2本頂きました。

帰りは環八側にでて、田園調布駅行きのバスで帰宅しました。