113系1000番代の模型の資料写真が殆ど無いと分かったのは先
日の話でした。で、気になったので今日は千葉駅まで113系1000
番代の資料集めに行ってきました。
1000と1000’番代と今日はバイブルを抱えての潜入でちょっと心強
いはずでした・・・
こういう時は朝イチから出掛けるのですが、今日は完全にラッシュ終
わった時間帯に辿り着きましたが、来るわ来るわで1000番代のオン
パレードに1500番代も来まして、千葉駅をあっちコッチ走り回ってま
した。
▲クハ111-1358
▲クハ111-1603
バイブルによればジャンパー栓も違うとかで、コッチも観察です。
4+4が来ましたが、ちょっと外観の痛みが・・・
佐倉、酒々井、成田辺りに移動しようかと思いましたが、総武線の銚子
行きが発車と言う事でコレに乗りました。2000番代車でしたが、久々
の113系でそのままズルズルと乗って行ってしまい、また猿田駅で降
りてみました。
っと、言っても駅前には何もなく、電車も1時間に1本というとても総武
本線とは思えない駅で時間をつぶします。1時間後に来たのは1500
番代の編成で、銚子駅まで乗車します。
▲クハ111-1602
結局今日は1,2位側両方キレイに撮れたのは1500番代というオチ
でして、銚子に到着した1500番代は、40分ほどして今度は成田線
経由千葉行きになるので、その間銚子駅を出ていつもの定食屋さん
へ向かい刺身定食で昼食。
▲今日のはサンマ,マトウダイ,メダイ,キンメと豪華でした
昼食を済ませ戻ると車内はまだガラガラでした。
▲クハ111-1504のジャンパ栓周り
▲成田線経由の千葉行き
ヘッポコのいる車両には6人乗って出発しましたが、下総豊里駅で4人
が下車し、香取駅までそのまま入れ替わる事もなく利根川の縁を列車
は走ります。
車内のクーラーは切ってある様ですが、西日で若干暑く感じ窓を開け
るとさわやかな風が入ってきました。
▲下窓の開く車両が最近少ないためちょっと新鮮に思えました
佐原駅からは観光客と高校生、サラリーマンと乗ってきて普通列車の
雑踏が戻ってきました。この先は千葉駅までどんどん乗客が増えてい
き、千葉駅に着く頃には立っている人もかなりの人数になりました。
千葉駅に着くと日は傾き掛けているため帰宅する事に。
▲コンデジにはもう厳しい時間帯でした
4時間半も113系乗ったので千葉からはG車に乗って帰宅の途に着
きます。もう日没なのでいつも通り1階席へ座り外を見ると、夕焼けが
キレイな空でした。
喰わず嫌い
一昨日の病み上がりの日記は誤字脱字だらけで、読み直したら随分
ヒドイもんでした。
スカ色の115系を塗るのに113系はどうなんだろうと写真を探してい
たら、1000番台の写真は数えるくらいしか無いという状態で、模型を
作る時に困っちゃいそうです。
湘南色の方が好で、どうしてもカメラを向ける気になりませんでした。
千葉へ行っても255と257はかなりの写真を撮ってますが、スカ色
113は一枚も写ってません。
千葉駅停車中にG車の2階から塗り分けの参考用に撮った写真とか
訳の分からない写真ばかりです。
あとはこんな写真とか・・・
後追いもひどいもんで・・・幕は快速表示だったんですねぇ。
もう時間が無くわがまま行ってる場合ぢゃないです。。。
体調不良・・・
今朝ダルイ・・・と思って会社に行き、遂にお昼前にダウンして早退と
なりました。熱は37.5度で医者に行きインフルではないとのことで
薬を貰い爆睡。6時間ほど寝て汗かいたら熱がさがり、今度は寝付
けず布団の中からパソコンをいじってます。
書く事も無かったのですが、鉄道記念日なので最近の出来事をツラ
ツラと・・・
今日は115系のクリーム1号を吹く予定でしたが、週末以降に延期
です。貫通扉のペールブルーを吹き、現在はクリームの発色をよくす
るため白3号吹き終えてます。
先日3連休の最終日12日に池上線の池上駅まで行って来ました。日
蓮聖人の命日が10月13日とかでいわゆる「お会式」というのがあり、
その前日にはお祭りの様にこのお会式行事が行われます。
日蓮聖人が亡くなられたのが東京・池上本門寺とかで、ここを目指し
て3000人ほどの信者が池上駅前を通過し万灯供養を行います。
この時期になるとに東急蒲田駅の万灯が蒲田駅1番線に飾られます。
この日の池上線はお会式に伴い、夕方から臨時ダイヤになっていて
増発及び池上駅で1分止まるダイヤになります。池上駅に着くと普段
バスターミナルとなっている場所には臨時出札が設置され人で埋め尽
くされていました。
普段はバスターミナルです。
池上駅は東急線で唯一構内踏切が残されている駅ですが、ただでさ
え多客な上に1分間も構内踏切が鳴りっぱなしだとお客さんが溢れる
ため、手動介入により構内踏切の鳴り止め措置を行います。
柱に付いた箱に鳴り止めスイッチが入っており、助役さんがスイッチ
操作しています。朝のラッシュ時にも同様な措置を行ってます。
駅前に出ると信者による万灯行列と見学者で道路は動けない位の人
がいます。江戸火消しの纏を先頭に練り歩く万灯は100基以上あり
行列は1キロほどの道を埋め尽くしています。休日の最終日の夜間と
は思えない人出です。このお会式は毎年10月12日と日が決まって
いて、休日と重なるともの凄い人出になります。
池上線そのものが池上本門寺への参詣客輸送に開通した路線で、開
通日も1922年10月6日とお会式に間に合わせるため突貫で工事さ
れ蒲田-池上間が開通しました。
その後順次『単線』にて路線を延ばし、1927年には国鉄に程近い桐
ヶ谷駅(現在は廃止)まで延伸しました。以前、御嶽山商店会長が「学
校が終わってから開通式を自転車で見に行ったけどよく晴れていて暑
かった」と言っていた話を思いだしました。
五反田駅まで到達した池上線は都心乗り入れを想定して、山手線を
越す形で五反田駅を設置しています。1947年には緩い曲線を描き
泉岳寺方面への延伸計画も持ち上がりましたが、結果としては実現
しませんでした。
起点を示す0キロ地点は、渋谷駅と同じく東急ストア内に設置されて
います。