営団3000系
営団3000系は日比谷線専用の車両で、東急としては玉電を除くと初の他社乗り入れ線でした。日比谷線開業時は2両編成でしたが、最終的には8両編成となり堂々とした物になりました。

3000系はトップナンバーが最後まで残り、最後の最後にはあだなであるマッコウクジラにちなみ、鯨のラッピングが施されていました。

若番なのに財務的には一番簿価が高い、財務や泣かせの車両だったと思います。

ツーハンドルの運転台で、末期の時代でも後付けの機器類が沢山ありました。速度計は0系新幹線のような、横に動くタイプの速度計の編成もありました。


日比谷線は当初日吉までの運転でしたが、改良工事に伴い同駅引き上げ線がなくなりました。そのため、日比谷線は菊名駅までの乗り入れに延長されました。菊名の方向幕はそれほど汚れていないのが特徴でした。


お晩です
3000系は仕様が3パターンあり
運用作成者泣かせの車両だったと思います
千住
東武乗入のみ・東急乗入のみ・東武東急両方乗り入れ可の
3タイプあり
当然併設車はそれぞれの検査予備も兼ねるから大変
裏技で
東急乗り入れ番号だけど日比谷線内だけで組んである運番
“朝限定の千住出庫~千住入庫”に
やりくりつかないと“東武のみ”の車両を充当するという荒技を
やってましたし…
03になった後はその苦労もなくなって
むしろ竹ノ塚検車区出庫に偶数の“東急運番”を設定する始末
竹ノ塚は“東武のみ”の配置
22S~44Sは竹ノ塚番号だった割りに
千住の“東武乗入のみ”や“併設車”の充当があって
運番で千住・竹ノ塚の区別がもはや意味をなしていなかった
(その後運用増で16S・18S・20Sと新設し
結果的に運番を02S~から再度振り直すという事をした)
その日比谷系統も東急乗り入れが廃止になって
中目黒まで行っても東急乗り入れ前と同じ状態に戻ったという
歴史のあやというか…
それだけ我々も歳を喰ったわけですよね
>南栗橋車両管理区荒川支所さん
コメントありがとうございます。無線ATSが付いていなかったりでさしずめサークルKみたいな感じだったようですね。
03系でも初期は13番が東横線に入れないとか制約が残っていたそうです。
運番での記録はさすがですね。東急から日比谷線の乗り入れは休止扱いとなっていますが、20m車4扉が配置されても戻る気配はなさそうですね。
日比谷線との乗り入れ復活
・元住吉がアレ過ぎて東急持ち分の車両留置スペースが絶望的
奥沢もアレですから…
・昔の日比谷線直通スジが現在の渋谷回転枠
いずれは“相鉄の渋谷スジ”に転用なので全滅
・ただでさえ飛ぶと事態の収拾つけられない東横系統
復活とはいえこれ以上の乗り入れは増やしたくない東急の思惑
ちなみに“相鉄”が渋谷から先へ行くなんていうガセネタを
SNSあたりでちらほら見かけますが
“東武・西武・メトロ”は一切公言せず沈黙することで
事実上の拒否宣言しているわけですから
多くを望まない方が良いでしょう
ATO試験車は“東急乗り入れ限定”の3057Fと3073Fに取り付けられ
東武方面には入らずでした。
>南栗橋車両管理区荒川支所さん
大人の事情ってヤツですかね。相鉄乗り入れも東横線にはいるのか楽しみな感じです。
日比谷線、そういえば自動運転ありましたね。出発ボタンが残っていたのを見た記憶があります。