大会車両から見た箱根駅伝【後編】

続いて、ラジオ放送車のゼッケンをつけた中継車は、NHKラジオの実況を行う中継車です。元々箱根駅伝はNHKラジオが実況中継していたのを、日本テレビが35年ほど前から生中継を行うようになったものです。お正月に、テレビで生中継の箱根駅伝を見る歴史は意外と最近です。

コアな駅伝ファンは、映像は日テレで、解説だけNHKラジオという人も多いようです。早稲田贔屓の日テレにイヤ気がさしているようです😂
ラジオ内での解説は渋谷のスタジオで行われていて、日テレから映像をもらってそれを実況解説と、このラジオ中継車からの現地実況を組み合わせています。日テレからの映像はフルでもらっているのかOA分のみかは興味がありますが、おそらく全チャンネルもらっていると思います。

ヘッポコ工場長が小学生の頃の箱根駅伝は、夕方のニュースでちょろっと流れる程度でしたが、FPUというマイクロ派技術を用いてい中継が可能になりました。下の写真は駅伝ではありませんが20年ほど前の中継車で、坂の上など見晴らしのいいところで放送局や基地局に向けてマイクロ波アンテナをあげているところです。衛星にもパラボラを向けていますが、衛星電波は無尽蔵ではないため予約が必要でした。

駅伝中継は、10年くらい前までは、例えば横浜付近で根岸線の架道橋をくぐると画像が乱れていましたが、現在では携帯電話電波を使用したり、SNGという衛星送信が可能になり、映像が乱れにくい中継が可能となっています。下の写真はJSATの地球局のアンテナ群で、これらの操作は第一級特殊陸上無線技士の資格が必要です。ヘッポコ工場長が所有しているのは第三級なのでいじることはできませんw

閑話休題。コチラは中継3号車です。1号車と違い、気になるデッドヒートなどがあるとそこを中継したりします。

後部にはジャイロキャムが1台のみで、1号車のように前方キャメラの装備はありません。コチラは日テレの所有ではなく、制作会社の所有のようです。

最後尾に近い方では3輪バイクの中継4号車が走っていました。2号車より後方部分はスッキリしています。

コチラもキャメラマンと並走してアナウンサーが2輪バイクに乗車しています。コチラの方には大きな無指向性アンテナが後部に設置されています。サイドボックスの上に現在の順位を記録するマグネットがあり、それを入れ替えながら順位の実況を行います。

上空では例年どおり日テレのヘリ2機と神奈川県警のヘリ、計3機が飛んでいました。神奈川県警は道路混雑の把握用です。

順番は前後しますが、復路も露払いに交通機動隊のPCが通過した後、再度交通機動隊PCと機動隊の遊撃車が通過しました。

往路は第一機動隊でしたが、復路は第二機動隊の遊撃車でした。

次に広報車が「あと〇分で選手が通過します。旗は車道側に出さず頭上で振ってください。」と注意を呼び掛けながら走行していきます。ヴェルファイアのいいクルマすw

その後交通機動隊の覆面PCが通過して、第一集団通過となります。王道クラウンの覆面です。

第一集団の後を大会本部車が通過しますが、新型センチュリーです!いいクルマが充てられますねw
豊田ナンバーで本社から直接貸し出されたのでしょうか。

その後ろを報道車のゼッケンをつけたハイヤーが通過しました。コレは誰が乗っているのでしょう。

第一交通機動隊のPCは何度となく通過していきます。

割り当てが途中までなのか、交差点で離脱してくPCもいます。

白バイはゴマンと走っています(比喩です)。交通機動隊がこれだけ出動していると、首都高や国道、第三京浜で速度違反しても捕まらないのではないか?っと思ってしまいます。

様子を見ながら途中で戻っていく白バイもありますが、最悪、選手1人1人に付くようなことを想定しているのでしょうか。

個人的には後ろの選手ほど応援したくなります。前方の白バイは横浜ナンバー、後方は相模ナンバーで、隊員の制服にも違いがあります。前方の白バイは神奈川県警の反射材をつけていますが、後方の白バイは付いておらず、前方の白バイのサイドボックには「遊12」のコールサインが書かれていますが、後方バイクには書かれていません。

最後尾は交通機動隊のPCが「規制は終了です」と拡声しながら通過していきます。

復路は渋滞の名所、原宿交差点で見学しました。交差する環状4号線の信号はずっと赤のままでした。この制御箱内にあるスイッチを手動側にして警察官が信号を制御していました。大きな交差点があるモジュールにはこの制御箱が必要になってきますね。どこからか3Dプリンタで出そうな気もしませんが。

そのほか、規制が開始されていてもバスがいた場合、警察官の誘導によりバスだけ通過が許されたりしていました。

往路の日は出かけるので、戸塚中継所近くから大船駅行きのバスに乗車しましたが、途中で白バイ集団に遭遇しました。伴走を務めた隊員たちが戻っていくところで貴重なシーンが見られました。来年はこの集団もしっかり記録したいと思います。

ご笑覧ありがとうございました。